天上の海・掌中の星

   “蛇は 寸にして人を飲む”
 


     




何とも面妖なという方向では、
他人様のことは言えない ゾロやサンジではあって。
その身を宙へと浮かばせたり、
次界をくぐっての移動なんてことをする段取りの中、
パッと姿を消したり、いきなり現れたりなんてなことをやらかす、
まこと尋常ではない存在ではあるけれど。

 彼らの場合、
 そもそも“人に非ざる”という大前提を掲げた存在、
 天聖界からの客人なのだから、
 しょうがないっちゃしょうがない。

人の子が住む“陽世界”に身を置いて、
次界のバランスを崩そうとする現象や存在への
迅速且つ、完膚無きまでという
徹底した対応や対処を執行するのがそのお役目で。
どちらの次界へも自在に移動が可能なほどの上級者ゆえ、
わざわざ人の和子という格好へ身をやつし、
彼らの中へ紛れ込む必要もないのだが。
ちょっとした事情があってのこと、
一見 妙齢の偉丈夫という姿を固定して、
とあるお宅に居候している破邪殿だったりし。
そんな彼へ、

 『もしや、
  ルフィのところに居座っておる
  怪しい輩というのはお主のことか?』

どういう訳だか、
面識はないはずだというに、
いきなりの唐突にからんで来た、こちらのご婦人。
ただの人なら
相手にならずの あしらう意味から
姿を消して去るという選択肢だってあったかも知れぬが、
果たしてそれが叶ったかどうか。
何しろ、

 『ようもこのような昼日中に、
  堂々と迷い出て来たものじゃの。』

彼らとは大きく異なって、
こちらの妖麗なご婦人は
紛うことなき生身の人間であるにも関わらず、
陰体への対処の仕方というもの、
しっかと心得ておいでであるらしく。
魔封じの咒弊つきの小柄を操る手腕も大したものなら、

 『ではやはり、
  あのようなところへ
  無粋な立ち往生をしておったは貴様らか。』

その直前の、
ここより遥か上空という尋常ではない空間での遭遇の方は、
それこそ偶然の接触だったのであろうが。
そちらだとて、
聖封の張った結界を粉砕した
ただならぬ力を発揮して下さったのも
恐らくは彼女だろうと思われて。

 “神道系の術者。
  それもそういう血統を継いで来た“巫女”ってところか。”

まさかに自分が“退治”されようなんてのは、
ゾロにもお初の体験だったれど。
その才の厚みや手ごたえが違うというのは
身ごなしや弊へと込められた念の強さからも
ようよう感じ取れたこと。
その効力を多少は加減したとはいえ、
覇気を込めた攻撃を直接浴びせねば
立ち止まってはもらえなんだのだから、

 「…いや〜、
  それは こいつが要領の悪い奴だったからだろう。」

急ごしらえの結界を張った段取りのため、
自慢の美貌のおでこへ引っ掻き傷を作ってしまった聖封様が、
うっすらした傷口を“な〜おれ治れ”と指の腹でこすりつつ、
即妙な一言を付け足したのは、

 「お前、何か気がついてやがっただろうよ。」

一旦 対峙する相手と見定めたなら、
基本的に相手が女性だろうが子供だろうが、差別区別はしない男だ。
血も涙もない…というのじゃあなくて、
女子供が相手の場合、
当て身か何かであっさりと人事不省へ持ってくだけの話。
こちらのご婦人がどれほどの力量であれ、
こちとら、天聖界を揺るがしたほどの大邪妖“玄鳳”さえ倒した剛の者。
それがああも振り回されたというのは理屈に合わぬ。
かと言って、聖封さんじゃあるまいに、相手へ花を持たせる理由もなし。
大きなお世話だと場外へ向けて目元を眇めたサンジへ、
苦笑交じりに肩をすくめて見せたゾロとしては、

 「まあ、その辺は本人様に語ってもらおうや。」

結界の力で地脈からの生気を摂取出来なくなった途端、
特殊な咒力が発揮できなくなっての力尽きたご婦人から、
一応は紳士的な対応か、やや距離を取り、
様子見の構えを取っておいでであるものの。

  ―― はっきり言って面倒臭いだけだろ、あんた。

一方、

 「御方様っ!」

それが彼らの 従者としてのわきまえであるものか。
彼女の側から、しかも強引に、
いきなり喧嘩を吹っかけたような形だったとはいえ、
男衆相手の物騒な対峙が始まったところから、
リムジンの傍に控えて一部始終を見守っていた彼女のお連れのうち。
ドアを開いて差し上げた少女が、
収拾がついたという場の空気を見事に読んで、素早く駆け寄って来る。
それは高貴で誇り高き主人が膝を折った姿なぞ、
一度として見たことなぞなかったのであろうに、

 「ああ、すまぬな。」

立ち上がるのへと手を延べたのへ、
はんなり微笑む主人の余裕を見つけ、
それで何とか困惑を飲み込んだところ、
その若さではなかなかのこなれよう。
ふるると身震いのような所作にて首を振っての迷いを断ち切り、
にっこり微笑って御身を支え、
その装いに乱れや汚れがないか、ザッと見回し、あらためて。

 「いかがなされます?」
 「うむ。」

ほこり、やわらかに微笑う少女の態度に、
自身の心も静められたか。
あでやかな黒髪の巫女様も、その口元へ苦笑を重ねると

 「しょうがない。このままルフィのもとへ向かおうぞ。」

そうと言って、
今さっき対峙したばかりの男衆らを見やったのであった。




     ◇◇◇



いくら何でもこの先はもっと道幅も狭くなるので、
全長が長すぎるリムジンはここで待機することとなり。
麗しの美人とその傍づきらしき少女の二人は、
ほんの今さっき、
刃物を投げ付けるほどの対峙を交わしたばかりな相手に導かれ、
何の変哲もない昼下がりの住宅街をとぽとぽと進む。

 「それにしても美しいお嬢さんたちですよねぇ。」

美しいものへは賛美を紡がねばいられぬか、
浮き浮きわくわくと落ち着きなく、
美人二人へ視線をくぎづけという状態の聖封様はともかくとして。(笑)

 「…あんた、俺のことを知ってるようだが。」

ゾロからそんな声を掛けたのは、この彼には珍しいことであり。
それが封滅対象である場合を除き、
人や物事への関心など持たぬのが常ではあるが、

 『もしや、
  ルフィのところに居座っておる
  怪しい輩というのはお主のことか?』

他でもない先程のこの一言が、
こちらの、
大雑把が売りの破壊の戦士へいろいろと考えさせたらしくって。

 「ルフィの知り合いで、
  しかも俺のことまで知ってるとなると、
  あいつの兄貴の伝手ってことになるが。」

ルフィの周囲の人々も、
この彼があのお家に同居していることは、勿論 御存知なれど。
真の正体から事情から、
すべてを知っている人物はとなると、ずんと限られており。
当人も陰体を見あわらすことが出来るルフィの兄上は、
弟の難儀をずっと案じていた人物ゆえ、
やはり初見のおりには、今のような衝突を演じてしまったもので。

 「ああ、よう知っておるようだの。」

艶たる口許ほころばせ、ふふと小さく笑うと、
巫女姫様は是と認める発言をし、

 「わらわはあの兄弟の血縁者じゃからの。
  とはいえ、あまり逢う機会も持てぬまま、
  気がつけば随分と歳月も経っておるが。」

あまりにさらりと言われたものだから、
サンジなぞ そのまま受け流しそうになったが、

 「…似てないな。」
 「無礼者。
  この黒髪とあのルフィの愛らしさこそ、
  血がつながっておる揺るがぬ証しぞ。」

居丈高が戻って来たお姉様、
さっそく失言を吐いたゾロへ“無礼者”が飛び出した横では、

 エースとやらとも血縁だって言ってませんでしたか?
 エースさんもイケメンじゃないですかvv、と

これはお付きの少女がサンジへ答えた一言で。
いかにもここ最近の
日本の住宅地の風景という佇まい。
ちょっぴり沈んだ色合いのブロック塀が続く道なり、
通学路と印刷された、すすけたシートが巻かれた電柱の向こう。
おなじみのお家がもうそこまでという距離まで近づいた彼らの前で、
そのお家の、よくあるアルミ製の門扉がキイと開くのが見えて。

 「…っ。」
 「あ。」
 「お…。」
 「あらvv」

四者四様、
それぞれなりの想いを乗せたお声がついつい出たのが
そちらの耳へと届いたか。
開襟シャツに深色のズボンという、
夏の制服姿のまんまな坊やが、
門から出てすぐ、何だなんだとこちらを向いて。

 「あ、ゾロっ、て。………………え?」

サンジがいたのは判ったらしいが、
その他にも連れがいるのへと視線が留まり。
一瞬 表情が止まったのは、
女性連れという図が信じがたかったか。
いやいや、そういう顔じゃあないなぁと、
呑気に分析しかかっていた破邪様の傍らから、

 「………ルフィっ。」

感極まったというお声が上がる。
先程までの きりりと威風堂々、
女神様の如しとまで泰然としていた様子からは想像出来ない、
それはそれは甘い声とトーンであり。
あんまり物事へ動じないゾロでさえ、
はい?と、今のは何?と、その胸のうちにて誰へともなく聞き返し。
声がした側を見やったそのまま、今度は総身が凍りそうになったほど。

 少女のような初々しい笑みで
 その頬を含羞みにばら色に染め。
 目の前へ現れた少年へ祈りを捧げでもするかのように、
 細い指を組み合わせ、
 感に堪えてのどうにもならぬという所作を見せておいで。

おいおい、さっきまでの態度はどうしたんだ、あんたと。
知り合って間もないながら、
どうにも心配で、心から案じてしまいました顔になったゾロ、という、
世にも珍しいもの引き出して下さった、麗しき女傑殿。
感動につき動かされたのだろ、そのまま駆け出す彼女同様、
ルフィの方でも満面の笑顔で駆け出して来ていて、

 「ルフィっ。」

嫋やかな双腕を延ばす彼女の懐ろへ、当たり前のように飛び込んだ坊や、
あっ、このヤロと歯咬みしたサンジだったのも、
おお、感動の名シーンと、
何とか彼なりに気を取り直したゾロが月並みな言いようを思いついたのも、

 次の一言で あっと言う間に吹っ飛んだ
 破壊力の物凄さよ。



  「久し振りだなぁっ、
   逢いたかったぞ、
ばあちゃんっっ!」




   ……………………はい?






 「てんめぇ〜〜〜〜〜〜っっ
  この絶世の美女に何てこと言いやがるっ!
  それがお前の実家の方言でも、俺は許さんぞ〜〜〜っっ
  そこへ手ぇついて謝れっ、今すぐにっ

 「あ〜あ、やっぱりこうなっちゃったか。」

 「な、何だよサンジ。そんな大声出して、近所迷惑だぞ。」

 「その前に、わらわのルフィに何という暴言を
  貴様、ただでは済まさんぞ。」

 「…………もしかして、俺が割って入って止めるのか? これ。」










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  *はいっ、これで私、お友達をたくさん無くした気がします。

   つか、何が降りて来たものか、
   ふっとこのシチュエーションを思いつき、
   どっかで使いたくて使いたくて使いたくて。
   欧米の人達から“日本人は年齢が判らん”と言われて久しいですし、
   近年、美魔女なんていう恐ろしく瑞々しいお姉様たちも出現。
   なので、
   一体 お幾つなのか、
   お世辞も何もなくの本当に想像も出来ない妖艶な美人というの、
   ハンコック様で書いてみたかったのですよvv
   驚きの肩書というかプロフィールは、待て次章!(こらこら)


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